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ニューヨーク冬の風物詩「ホリデー・ウインドー」
~その歴史と今年の傾向~

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■NY名物「ホリデー・ウインドー」の誕生

 ホリデー・シーズンはショッピング・シーズンでもある。この時期だけで米国の小売売り上げは年間総額の40%、特に玩具などは50%を超えるともいわれるほどで、ニューヨーカーも家族や恋人、親せき、友人、職場の同僚などへのクリスマス・プレゼントの買い物に走り回る。

 クリスマス時期に人々が買い物熱に浮かれる風潮は、1950年代から60年代にかけて、アメリカが世界を圧倒する大国に成長し、繁栄を謳歌(おうか)した時代に定着した。小売業界はいかに客を集め、財布のひもを緩めさせるかと頭を悩ませ、多くの店がクリスマス・ムードをあおるウインドー・ディスプレーを競い合った。工夫を凝らしたディスプレーが話題を呼び、見物客が列を成すようになって、この時期のディスプレーはいつしか「ホリデー・ウインドー」と呼ばれるようになった。現在ホリデー・ウインドーと言えば、多くのウインドーを持ち、各店が威信をかけて豪華に飾り立てるデパートのディスプレーを指すのが一般的だ。

1910年代から20年代のホリデー・ウインドー・ディスプレー ©Library of Congress

 初期のホリデー・ウインドーの主役は、第二次大戦後の好景気に成長した中産階級憧れのデパート「メイシーズ」だった。メイシーズは1858年創業で、今年韓国の「新世界百貨店」に抜かれるまで、世界最大の売り場面積を誇っていた老舗百貨店として、また全世界にテレビ放映され、ニューヨークの代名詞とも言うべきビッグイベントである独立記念日の花火大会とサンクスギビング・パレードのメーン・スポンサーとしても有名だが、ホリデー・ウインドーの先駆者でもある。

 多くの小売店が在庫品を山積みする収納スペースとしてウインドーを利用していた当時、クリスマス・ムードを盛り上げ、客を呼び込む手段として、ウインドーを飾り付けた。

1910年代から20年代のホリデー・ウインドー・ディスプレー

1910年代から20年代のホリデー・ウインドー・ディスプレー ©Library of Congress

■バーニーズとBGの戦い

 マンハッタンのデパートはメイシーズに対抗して、それぞれがクリスマスにふさわしいディスプレーを競うようになるが、それはあくまで「特別に豪華なクリスマスの飾り付けで商品を引き立てる」範囲を超えるものではなかった。それが商品展示を犠牲にしても、各デパートが毎年独自のテーマを掲げてディスプレー自体をショーとして見せ、個性を競いあうスタイルに変ぼうし、「ホリデー・ウインドー」という言葉が一般に定着して、今日のように世界中から観光客を集め、ウインドー見物ツアーが生まれるほどの人気を博すようになったのは1980年代以降。

 きっかけは「バーニーズ」の実験的試みと、それに対抗した「バーグドルフ・グッドマン」のディスプレーをめぐる競い合いだった。1986年、当時チェルシーにあったバーニーズが、西海岸からマネキンを棺おけに寝かせたディスプレーを行うなど、奇抜なアイデアで話題を呼んでいたSimon Doonanというデザイナーをヘッドハントした。ミッドタウンに集中していた買い物客の流れを引き寄せるためのウインドー・ディスプレーを任されるようになった彼が1990年、満を持して発表したのは当時のサッチャー英国首相をSMプレーの女王様として登場させた「クリスマス・ディスプレー」だった。マスコミが格好のネタとして大きく報道し、話題をさらった。もちろん非難が集中し、買い物客からもひんしゅくを買ったが、宣伝効果は抜群で、事実、ディスプレー目当てに多くの人がバーニーズに押し寄せた。

 バーニーズのディスプレーはその後も過激さをエスカレートさせ、ナンシー・レーガン、ベット・ミドラーなど多くの「セレブの怪物」を登場させてはこき下ろし、毒のある「大人向きの斬新さ」で物議を醸し続けた。1994年にはハロー・キティやマドンナを使ったキリスト降誕シーンがカトリック団体からの抗議を受け、撤収を余儀なくされる事態まで引き起こしている。

 同じころ、上流階級御用達の超高級デパート「バーグドルフ・グッドマン」は既に「ウインドー・ディスプレーのお手本」として世界的に有名で、特にマネキンのポージングの美しさには定評があり、日本を含めて各国の業界関係者が見学に訪れるほどの存在だった。ホリデー・シーズンのディスプレーは、バーニーズの革新的挑戦以後、他店も独自性を模索し、注目度を競うようになっていったが、バーグドルフ・グッドマンは新奇なものを追うことはせず、流行に左右されないクラッシーなイメージを守って他店とは一線を画していた。

 事情を変えたのは1993年のバーニーズ本店の移転。60丁目と61丁目の間のマディソン街に構えた新店舗は、57丁目と5番街の角にあるバーグドルフ・グッドマンから歩いて5分とかからない位置にある。すぐそばでクリスマス・ディスプレーの話題をさらうバーニーズに、お高くとまって「孤高の存在」を気取っていられなくなったバーグドルフ・グッドマンは1996年、新たにデザイナーのLinda Fargo氏を採用、ステータスを守りつつバーニーズに対抗しうる独自のディスプレーを目指すことになる。両者の激突でホリデー・ウインドーの競演もエスカレートし、他店をリードして、その結果が、それぞれ独自のテーマ性をアピールしてしのぎを削るという現在の「ニューヨークのホリデー・ウインドー」を生んだ。

 それぞれが毎年新しいテーマで制作するホリデー・ウインドーは、当然各店にそれぞれ独自のカラーがあるが、一方でテーマの類似性などに一定の傾向が見られるのも事実。各デパートを今年のホリデー・ウインドーを中心に三つの傾向に分類して紹介してみよう。

【王道のクリスマス定番路線】

Macy's

Macy's

 毎年クリスマス・シーズンの定番ともいうべきディスプレーで子どもたちに一番人気のメイシーズのホリデー・ウインドー。観光客への知名度も一番で、クリスマス直前には1時間あたり7,000人の見物客が訪れるという。「ホリデー・ウインドーは子どもたちへのプレゼント」と位置付けるメイシーズでは、分かりやすいディスプレーに徹し、商品は一切置かないことをポリシーにしている。

 「Dear Santa(拝啓サンタさま)」がテーマの今年は、子どもたちが願い事を書いたサンタへの手紙が妖精の手を借りてサンタの手に届くまでの不思議な旅を6面のウインドーで表している。

 最初のウインドーでは、見物に来た子どもたちがタッチスクリーンを操作して、自分だけのサンタへの手紙が書けるようになっている。次のウインドーに進むとそうした手紙が世界中から集められており、手紙の中から良い子の手紙だけがより分けられてスタンプが押され、北極の近くにある秘密の場所で手紙に羽が付けられ、長い旅の後、最後のウインドーでようやくサンタのもとに届く仕掛けだ。

サンタへ  羽根がついた手紙

       サンタへの手紙                 羽根がついた手紙

子どもたちの手紙を読むサンタ

子どもたちの手紙を読むサンタ

Lord & Taylor

Lord & Taylor

 メイシーズとともに毎年クリスマスらしいディスプレーで知られるのが、現存するデパートの中で最も古い1826年創業の老舗「ロード&テイラー」だ。実は商品を置かずにクリスマスのウインドー・ディスプレーを初めて飾り付けたのはロード&テイラーの旧店舗だったが、何事につけ派手なメイシーズにお株を奪われてしまった。

 メイシーズが子ども向きに原色や明るいパステルカラーを多用し、派手でコミカルな雰囲気を演出するのに対して、ロード&テイラーは落ち着いた色調のしっとりとした雰囲気と、地味で驚きはないが細部にこだわった美しい仕上がりが身上の、いわば大人の鑑賞に堪えうるクリスマスの定番として人気が高い。ウインドーが他店と比べて小さく、派手な仕掛けを作りにくいことがこうした路線を守ってこられた理由だろう。

Lord & Taylor

クリスマスのキャンディーが詰まった靴下を持つミニチュア人形

 昨年の「My Favorite Christmas Traditions」では移民の国アメリカのさまざまなルーツをたどって、クリスマスを祝うヨーロッパ各地のシーンを精緻なミニチュア仕上げで見せたが、「What We Love」と題された今年も雪景色、アイススケートクリスマス・ツリー、ジンジャーブレッド・ハウス、暖炉でうたた寝する犬など、得意のミニチュア・シーンが繰り広げられている。 アイススケートをする人など冬景色を表現したミニチュアシーン

アイススケートをする人など冬景色を表現したミニチュアシーン

【話題性追求の過激路線】

Barney's

Barney's ディスプレーを指揮するドゥーナン氏の、「例え非難されても、バーニーズへの注目が得られれば成功」と考える姿勢は今も変わらない。多くの映画スター、コメディアンを輩出してきたNBCの人気番組「サタデー・ナイト・ライブ」の35周年を記念して、番組で生まれた歴代人気キャラクターを張りぼての人形にして並べている今年の「Have a Witty Holiday」。体のバランスが異様に崩れた張りぼてが出来そこないのツリー・オーナメントのようにぶら下がる今年のディスプレーは、セレブをからかい、こき下ろす往年の過激さをほんの少しだがにおわせている。

 しかし、バスルームの中でだらしなくバスタブに浸かるチャールズ皇太子と、頭にカーラーを巻き、歯をむき出して傍らに立つガウン姿のカミラ妃をかなり不細工な姿で登場させ、新婚の二人をからかった2005年を最後に、毒の威力はずいぶん薄まったようだ。2007年には「Have a Green Holiday」をテーマに空き缶で「リサイクルのトナカイ」を制作するなど、過激さよりもグリーン志向を前面に出すようになった。

Barney's 昨年ピース・サイン誕生50周年を記念して、60年代のカウンター・カルチャーへのオマージュをテーマに、ピース・サインをはじめ、フラワー・チルドレン、ジャニス・ジョップリン、フォルクスワーゲン・ビートルなど、時代を映すシンボルを並べたのも、社会変革へのうねりが高揚した時代と環境意識の高まりをかけた、とも考えられる。しかし、実態は経営難からくる予算削減によるところが大きいようだ。昨年はフォルクスワーゲン、今年はNBCとのタイアップ作品である。

Bloomingdale's

Bloomingdale's 若い女性をターゲットに顧客増を図ってきたブルーミングデールズもバーニーズとは次元は違うものの、驚きのあるディスプレーを志向してきたが、最近はそうした要素が次第に影を潜め、唇だけで構成されたウインドーのように一部キッチュな要素を残しながら、定番ものに移行しつつあるようだ。

 昨年は国民的歌手トニー・ベネットのクリスマス向けニューCDに触発されたディスプレーで、クリスマス・プレゼントの買い物に忙しく動き回る60年代の情景がポップアップ式のグリーティングカード仕立てでノーマン・ロックウェル風に描かれ、好評だった。

Bloomingdale's 今年も「古きよきアメリカ」路線を継承して、母親にプレゼントを渡そうともじもじしている少年、鏡に向かってサンタの衣装をチェックしている父親など、クリスマスの季節にかつての中産階級の家庭で見かけられたはずの光景を温かみのあるディスプレーで表現している。それが途中で突然ダイナミック・デュオと題されたウインドーに変わり、オバマ大統領夫妻やサンタ夫妻が現れるのはちょっと興ざめだが、それも話題性重視のご愛嬌(あいきょう)か。

【高級店のアート志向】

Bergdorf Goodman
ニューヨーク

Bergdorf Goodman 店舗デザインの専門誌「DDI Magazine」がマンハッタンのホリデー・ウインドーの中からベストスリーを選んで表彰する恒例の「DDI Winning Windows Awards」が12月10日に発表された。創造性、季節感、制作技術を判定基準に、同賞10周年に当たる今年、最高賞「プラチナ賞」を獲得したのがバーグドルフ・グッドマンだ。ちなみに2位の「ゴールド賞」はメイシーズが、3位の「シルバー賞」はブルーミングデールズが受賞した。

 ライバルのバーニーズがここ数年、やや精彩を欠いている今、バーグドルフ・グッドマンのディスプレーは確かに今最もとがっている。バーニーズとのせめぎ合いの中で、最高級デパートとしてのステータスを堅持しながら話題性で勝負するためにバーグドルフ・グッドマンが選択した方向は、「鑑賞に堪えうるアーティスティックなディスプレー」だった。前述のFargo氏率いるチームは潤沢な予算を得て、このアート路線を進み、独特の夢幻の世界を表現してきた。

Bergdorf Goodman

 ここ数年のバーグドルフ・グッドマンのホリデー・ウインドーは自ら「サイケデリック・ビクトリアン」と形容しているが言い得て妙、である。アメリカの富裕層が好むビクトリア調の装飾を基調に細部にこだわった精巧な仕上げのステージは、クラシックであると同時に、どこか均衡を失う手前の危うさをたたえている。

Bergdorf Goodman

 「A Compendium of Curiosities(好奇心概論)」をテーマとした今年のディスプレーは、ウインドーごとにガラス、木、紙といった異なる素材をメーンに使い、ルイス・キャロル、エッシャー、リューベン・ゴールドバーグに触発された幻想的世界を表現している。鏡を多用し、あるいはミニチュアの階段が織り成す背景は、視覚を狂わせ、錯覚を誘い、それがさらに観る者の目を細部に釘付けにしてしまう。それぞれのウインドーが説明や解釈を拒絶するような一種独特な世界を築いている。パメラ・ローランド、アレクサンダー・マックィーンなど、同店売り出しの高級ブランドの衣装を着たマネキンの美しさが目を引くところは、デパートのショーウインドーとしての誇りといったところか。

ウミガメや猫、蝶々を用いて幻想的世界を表現

ウミガメや猫、蝶々を用いて不条理と非現実を表現

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